見習鍼師

WEBから鍼灸へ変えた話

死生観

6月の上旬に解剖実習に行った。

内容自体はあまり口外すべきものではない、とのことだったので、

触れないが、自分が感じたことは、自分も確実にあちら側へ行くんだなと思ったことだ。

 

似たような感覚が以前あった。

初めてパニック症になった時に、死ぬってこういうことかという考えが頭をよぎった。

あれに近い感じ。

 

死が怖いとかそういうものではなく、普段の生活で全く意識してないが、

死とはいずれやってくるもので、そのことを日々頭の念頭において、時間を使っているか、意思決定をしているかということだ。

 

いやむしろ、死は積極的に感じておいたほうがいいと思っている。プロジェクトの最終成果物を意識して突き進むのと、漠然となんとなく組み立てていくかで成果が全く違うと同様に、死という最終形態を意識することで、生がより活き活きとみなぎってくるのではと思っている。

普段の生活では生を感じることが少ないので、どうしても些細なことで終わっていっている気がしている。より自分を活かすために死を意識するのは、いいことだと思う。

 

で、アクションとして下記を考えた。

 

1. 座禅する

 素直な自分と向き合う

 特に京都を中心にお寺で坐禅会は毎週やっているとこもあるので、いろんなとこに参加してみる。

 ヴィパッサナーの瞑想にも興味が15年ぐらい前からあるが、なかなか10日という時間をとることが難しいのと、日々やり続けるほうが重要なので、寺を選んだ。

https://hotokami.jp/articles/126/

https://www.soto-kinki.net/zazen/sanzen_list.php

 

2. 死生観の本を読む

 主に宗教がらみなものが多いが、仕方ないのかも。

 ひたすら、図書館やAmazonで取り寄せて読みまくる

 

3. 自然に近いとこに行く

 山登り、海に行って、自分が自然の一部なことを認識する。

 ゆったりとした時間を作る。

 

4. 動きながら考える

 部屋でじっとしていても環境は変わらない。場所や人にあって感じると、

 別ななにか直感的なものが見えてきそうに思える。

 

2年の前期テスト終了

1年に比べて、2年の内容が1.5倍ぐらいになっていた。

とにかく量が多い。

あと、基礎科目もなくなって、全て専門科目なので、そこもだいぶ増えた感はある。

ただ、内容は相変わらず記憶系が多いので、ある程度理解したら、

ぐるぐるサイクルで内容をロードしないと、用語が頭に定着化しない。

単に仕組みを作るだけだと思った。

ただ、その量が1年に比べてかなり多いから、

そこをどうしようかなとは思ったが、

授業中にすべて完結できるようにするというのが、

次の中期の目標だろうか。

 

にしても、さっさと夏の予定を立てないとな。

中国研修がなくなってしまったので。

 

大量な情報を記憶に定着化させる

中期のテストがやっと今日で終わった。

正直つかれた。

 

実技の片手挿管15回/分、灸12壮/分の練習を結構していて、時間をそっちにとられっていたから、勉強の時間がすこし圧迫された。実技の練習も一つ時間がかかった要因だった。

 

今回の科目は、衛生学、生物学、運動学(筋肉)、経穴、東医、実技。

特に重たいのは、経穴と運動学。記憶する量が多い。

 

結構スタートダッシュが遅くて、やばいなと考えていたが、

終わってしまえば、まあ問題なさそうかなと。

 

今回今までと大幅に変えたやり方がある。

大量なものを一気にインプットするやりかた。

そのやり方とは、経穴の名前を書いた紙を全て用意して、くじみたいにして引き、部位名をぱっと言えればOK、言えなければNGとして再度あとでやる。これだけ。

スピードはとにかく上げてやる。そうしないと、最初はほとんどNGで永遠に終わらない。経穴は一穴で30秒とかで、タイムを図って区切る。そうしないと、ずるずる時間がかかってしまうし。

 

もとはというと、経穴の口頭試問の対策だった。

なんでこのやり方がとても有効なのかを冷静に考えてみる。

 

1. 遮断された問題文

小さい紙に書かれた問題文なので、他に情報がなく集中できる。

普通だと、ノートとかプリントとかで、その書いてある場所だとか、周りの色だとかいろんな情報から思い出すが、このやり方だとそういう情報がほぼないので、完全に自分の記憶に頼らざるを得ない。これこそが自分の記憶として、情報をものにしたということの証明なんじゃないだろうか。

 

2. スピードをとにかく上げて、回数こなす

時間に迫られることで頭がフル回転する。NGばっかだと、終わらないし。

とにかく回数をこなすことが重要。

言えないものは、ほんとにぐるぐる回数をこなすことで、脳に定着化をさせる。

 

3. 言えたか言えなかったかの決定を下す。

プリントやノートを眺めてとかだと、わかったつもりになるが、実際には引き出せないことがよくある。脳というのは引き出して、出てこなくて、答えを見た時に記憶が作られる、あるいは配線が繋ぎ変えられる感覚になる。

 

結果としては、今回140穴近くの経穴の名前と部位名を記憶したが、

ほぼ問題なく頭に入ったと思う。運動学についても、筋肉の名称_起始_停止_神経_作用のワンセットを、50程度。それまで、勉強はしていたんだが、いまいち細部まできっちり空で言えなかった。だいたい5時間ぐらいぐるぐるクジ方式を回していると、自然と言えるようになった。

 

今回はテスト直前で必死になって、この方法にたどり着いたが、間一髪すぎだったので、後期は2週に一度とか定期的にクジ方式を採用することで、なんとか前倒しして、頭に突っ込んでおこうと思う。

 

あと、課題として、これは一人で簡単にできるはずなんだが、複数人とカルタのような形式で、ゲーム的に楽しみながらできないかと模索している。

 

 

180度方向転換

二年半前に、パニック症になった。

仕事しすぎていたのもあるが、仕事を取り巻く環境がストレスがだいぶ溜まっていた。

人はやめていくわ。不信感は募るわで。

そもそも、自分の体はそういう状況に耐えられるような丈夫な作りではなく、

だいたいストッパーとして、体に変調がきたす。

 

いままで思い返すと、中学生の時に、学校ある日だけションベンに行きたい病とか、

大学の時も、部活の幹部として、胃がキリキリする一年を過ごしたら、あとで胃潰瘍の後があったとか。そして会社に新卒で入って3年もすると、少しは仕事を覚えた反面、責任が降ってきて、胃潰瘍となった。

 

そんな感じで、体は常に敏感に反応する。いきなり大病になるよりはマシなのかもしれないが。こういう体質は母親の家系からのものらしい。

 

パニック症とはどうなるか。特に何も理由もなしに、心拍数が上がり、

呼吸が乱れ、場合によっては過呼吸が出たりして、ひどくなると手足が痺れて、ひどい人は、意識を失うらしい。ただ生命に異常はない。なった当時これがパニック症なのかどうかもわからず、精密検査を受けるまでは、全く生きた心地はしなかった。

 

自分は2016年の4月に初めてそうなったが、ほんとに死ぬと思った。底なしの恐怖だった。こうやって人生って終わっていくのかと思った。親より先に死ぬのかと思ったら、すまないなという感情も湧き上がってきたが、とにかくそんな余裕もなく、救急車のサイレンが聞こえてきた時、少しだけ安堵があったように思える。

 

この年は結局もう二回救急車を呼んだ。毎回わけもわからず、苦しんだ。いったいどうすればいいんだろうかと。毎日生きるのが暗く沈んで、希望が見いだせなかった。いつ発作が出てくるのか、全く予測不能だったし、常に救急車を呼べるように、携帯を常に手元においていたし、怯えていた。

 

この時に大きく変えたことがある。

健康に対する全てのことを変更した。この時まで、不摂生な生活をしているという自覚はあった。いつか大きな病気をするんじゃないかという意識もあった。それでも仕事に忙殺されて、健康のことは二の次だった。

変えたこととして、仕事の量を大幅に少なくした。食事を野菜中心に変更し、自炊中心にする。風呂に毎日はいる。夜早く寝て朝型にする。日光に当たる。定期的に運動をする。楽しいことをする。

とにかく生きることに必死だった。

 

当然医者には行ったが、そもそも一体何科に行けばいいんだろうか?総合病院に行ったが、循環器では異常なし、心療内科に行ったが、なんか薬をくれはするが、いざパニックでたら、そんな信頼性のない薬は自分は飲むことができなかった。適当に話聞いて、ぽいっとくれる薬に、自分がやばい時の命綱として、預けることができるだろうか。自分には無理だった。他の人達よくやっているよなと思う。

少なくとも薬に依存するのは、自然ではないと思ったし、自分の中で起きていることなので、何かしら出口はあるものと思っていた。

 

で、そうこうして、半年以上たった正月(2017/01)に、たまたま自分の親が行っている、鍼灸の先生のとこが評判がいいらしいので、行ってみることにした。わらにもすがる思いだった。その先生からは、何かとてもいろいろな話を聞いた。西洋の医者と全然違うと思った。人の話を聞いてくれる。

結論から言うと、教えてもらった灸が圧倒的に効いた。臍の丹田に打つことで、パニックがおさまってくれる。そしてこれは自分自身でできることだった。この日を境に、東洋医学って一体何なんだという思いと、同時に訳のわからない世界に足を踏み入れることになる。

 

8年ぶりに書いてみる

ブログがいまだ廃れずに、なくなっていない。

それは、多分必要とされるからだろう。

自分の手元で書き残しておくことは簡単だが、

もし価値がある情報で、公開するなら誰かの役にたたないか。

 

自分を知ってもらうために、あるいはこの時期にどう考えていたか。

あるいはアウトプットの練習として、記録を残しておくことは無駄なことではなく、

自身を成長させてくれるのだろうか。

 

案外、自分が1年前、5年前、10年前に何をどう考えていたかなんて、記憶をたどっても、かすかにしか覚えていない。

 

自分はなにげに15年前にノートに日記的に書いていたものがあり、

たまに見たりするが、若気の至りというか、日々のことに一喜一憂しているしがない学生だが、なんか楽しそうだなと。それなりに未来を描いていて、理屈っぽいとこもあったななんて。

 

過去の自分と向き合うことは、おそらく未来の自分と対話しようともしているのかもしれない。

なんということもない日々のこと

最近うちの外人チームが盛り上がっていて、
毎日夜遅くがんがん音楽鳴らしている。
今日は隣から苦情の電話が来たらしい。
ま、当然といえば当然だわな。
でも、一点だけいい点がある。
それは、防犯上とてもいいんだろうなと。
どの泥棒もこんなうるさいくて、汚くて、金目のなさそうなとこ
入りたくもないだろうなー。
みんなはどうでもいいから、部屋の鍵なんてかけずに、
ぱーぱーのまま、外へ出かける。
古きよき日本の姿が今だ残っているのかもしれない。


2斤ほどのパンの耳を売っているパン屋がある。
そのボリュームなのに40円。これにオリーブオイルとバジルを絡めてトーストする。
まさにNEETクッキング。一週間毎日おやつで食べてもおつりが来る。


うちの外人が覚えたての日本語を変な発音でいう。
それNEETクッキングだとか、NEETパンだとか。
言っているその本人だってNEETなんだけどねぇ〜。

最近のトレーニング

最近はもっぱらテニスばっかし。
そりゃ、カイトも行きたいし、合気道だって始めたいが、
金と時間に左右される。


で、結構テニスの壁打ちを週5ぐらいでやっている。と前に書いたかな。
一日一時間半ぐらいのエクササイズとして。
やり始めは相当きつかった。今でもきついけど。体力が相当落ちている。
でも、汗かいて息を切らせると、飯はうまいし、集中力もつくみたい。
膝は相変わらず痛いがごまかしながらやっている。
でも、もくもくと壁に向かってひたすら打っていると、
何を目的としているか分からなくなってくる。
壁が友達なのか?


でとうとう今日コートに出た。実はネットには便利なサイトがあって、
知らない人といきなり会って、さー試合しましょうみたいな出会い系のテニスサイトがある。
出会うたって、女の子なんてほとんどいないけど。実際には定年のおっちゃんが多い。
http://www.tennisoff.net/

朝の6時から9時まで3時間。ダブルスをひたすら5人で回した。
もうへろへろ〜。おっちゃんパワー強すぎ。
とにかくフォアのストロークとリターンを強化する必要性を感じた。
でも壁打ちでは無理。他の方法を考えねば。
で、コートとボール代をみんなで割って、なんと300円!やすっ!!
この満足でこのコストはかなりのお徳。


普通に自分でコートを予約するのは結構大変。
市のスポーツ施設は安いから予約が殺到する。
なので2ヶ月前からシステムで予約しておく必要があるが、
このテニスオフネットならば主催者が既に予約してくれているから、
自分はオフネットのサイト上から数日前に参加申込をするだけ。


こんなサイトを生み出すことができれば、プログラマ冥利に尽きるかもしれない。
人と人をつなぎ会わせられ、長く必要とされる、そんなサイト。